2010年8月26-27日 その2

■就寝後、電気が消えて、濡れた寝袋に入り寝ようとする。

が、いっこうに寝られず。

慣れない固い枕、いびきのアンサンブル、そして暖房がガンガンかけられてクソ暑い室内…。

なんとか眠りにつこうとするが、全然ダメ。

午後10時頃、あまりに寝られないので山小屋の外に出てみたら寒さに驚く。気温は10℃以下くらい。真夏とは思えない寒さというか、冬の気温。上着を取りに一度戻って外にあるトイレへいく。

トイレに入ると手を洗う水はほんのちょろちょろと出るだけで、気休め程度。ちなみに富士山の山小屋のトイレは昔は汲み取り式でハエが飛び回る不衛生なものだったが、最近はバクテリアが糞尿を分解してくれるバイオトイレになっているところがほとんど。しかしバイオトイレといっても、水が流れなかったり拭いたあとの紙はよこに置いてあるバケツに入れなければいけなかったりと、潔癖性な人はまず我慢できないトイレであることは間違いない。あとバイオトイレといっても臭くないわけではなく普通ににおう。少々潔癖な部分がある自分は慣れるのにかなり苦労したが、徐々に慣れた。水が貴重ということはつまりは不衛生な環境を我慢できなければいけないということなのだ。まぁアルコールタオルなどがあればさしたる問題ではないのだが。トイレの利用料はだいたい100円〜200円。これが意外とバカにならない。山小屋宿泊の人は最初の一度目だけでいいのでお金を入れてくださいと言われていた。


暖房のガンガン効いた寝室に戻り、寝袋に入るが、やっぱり眠りにつくことは不可能だった。
しかも、このときなぜか猛烈な頭痛に襲われてはじめていた。



























高山病にかかったらしい。























結局一睡もできないまま、MP3プレーヤーで音楽を聞きつつ出発時間を待つことに。






AM0:00
身支度を整え、夜の登山のため山小屋前に集合する一同。


強烈な頭痛を我慢しつつヘッドライトをつけ、地獄の行脚に出発である。




下界は街の明かりでキラキラと美しい情景であったが、頭痛とめまいと吐き気でそれどころではなく、まともに撮れた写真はこれくらいだった。全然まともじゃないけれど。

そしてここからが本当の地獄だった。
頭痛と吐き気に苦しめられながらも、そのことをツアーガイドの人には言えずにいた。なぜならば、もし高山病でつらいことを訴えると下山させられるからである。団体行動なので一人のために待つわけにも行かず、高山病を訴えたツアー客はことごとく下山もしくは山小屋待機させられていった。しかもツアー行動なので、ろくに休むことも出来ず、みんなについていくので精一杯であった。 少しでも楽になるように、呼吸の回数を増やして登って行く。あまりのつらさに吐きそうになるのを我慢しつつ、ヘッドライトの光を頼りに急な岩場を登っていった。岩場の途中などでは、高山病でダウンしたのか、うずくまってる人がたくさんいたり、嘔吐したものが残っていたりした。ちなみにまいむさんは全然辛そうではなかった。このときの自分はツアー参加したことを後悔するくらいひどいありさまだった。
そして9合目にたどりつく一行。このときの気温は4℃程度。上着や手袋など、持ってきた防寒具をフル装備したがそれでも寒い。更に冷たい強風が吹き荒れ、小雨も降ってきた。頭痛とめまいと吐き気と寒気でいつ倒れてもおかしくない状態だった。
そして9合目を出発。ここからはもう頂上につくのみである。今まで以上に急な岩場を慎重に登って行くも、かなり限界。高山病にかかっていなければそこまで苦しい岩場でもなかったと思うが、事実他の人はそんなに苦しそうではなかった。
このあたりからたくさんのツアー客などが狭い道を進むことになり、ご来光渋滞というものが発生しはじめる。途中全く進まないことに腹を据えかねた外国人が、ロープの張られていない道ではないところの岩場を橋って登り始め、ガイドさんが「やめなさい!ストーップ!!とまれ!!!」と怒鳴り声をあげる一面があった。規定の道ではないところを登ると落石が起きとても危険なのである。実際直後に落石が起き下の人はみな警戒をした。外国人から見ると列にきちんと並ぶ日本人はここでも異質なものなのかもしれない。その外人は結局逃げるように登り去っていった。


どのくらい登っただろうか。
吐き気を我慢しつつ3時間くらいたった頃、鳥居が見えてきた。
10合目、すなわち頂上に到着である。




普通の状態であればここで写真を撮りまくるところであるが、立ち止まれない上に体調が最悪だったので、手ぶれが起きてしまうこの暗闇の中ではこの一枚を撮るのが精一杯だった。








鳥居をくぐると平地になっており神社があったり山小屋があったりした。
一同は山小屋の中に入りテーブルのところで座って休憩する。




山頂の山小屋の様子。混雑しまくり。





話には聞いていたが実際どれも高い。
が、ここまで運んでくる手間を考えればそこまで高くないと思えた。



ペットボトルは1本500円。このときまだ持ってきた飲み物が余っていたので買うことはなかった。




注文したとん汁をすする。今までの体調不良がウソのように一気に吹き飛んだ。少々しょっぱい味付けだったが、温かい汁が冷えた体に染み渡りとても美味しかった。このときの味はおそらく永遠に忘れないであろう。





とん汁を食べ終わる頃、日の出の時間が近づいていた。ご来光を見ようとたくさんの登山客が集まっている。




それまで真っ暗だった景色が一転して光に包まれた。富士山からの日のでが美しいことは写真などを見て知っていたが、写真で見るとの実際見るのとでは大違いだった。見渡すまでの地平線の大パノラマ。そこに広がる太陽の光。その光が脳裏にまでつきぬける。感情を揺さぶり、気が付けば目から涙がこぼれていた。
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日の出が始まると感嘆の声があがった。




更に日の出。
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鳥居を抜けたところにある神社っぽいところ。焼印を押してもらったりした。



神社付近にあった石柱。



頂上からの景色。クリックで拡大表示。



火口付近。もうちょっと覗いた写真を撮ればよかった。



遠くに見えるのが本当の頂上地点であるところの剣ヶ峰。
しかしツアー進行では時間の関係で向こうまではいかず。



1時間くらい休憩したり景色を見てまわったのち、一同は集合して下山の準備を始めた。




登りとは異なり下山ルートは基本的には岩場はなく、ずっと砂地のような下り坂を下っていくことになる。クリックで拡大。



こう見ると登りよりもはるかに楽にみえるが、砂地に足を取られたり、点々と存在している岩に足を取られて転倒したりするので、実際下ってみると全然楽ではなかった。そしてここに来て5合目で買って持ってきていた金剛杖が真価を発揮することになる。3本目の足の役割を担ってくれるので、足にかかる負荷を軽減できるのである。これが2本あるとベストだが、さすがにそれは邪魔になりすぎる。というわけでストックを持参しなかった人は金剛杖はマストバイ。もといこれがないと転倒する確率が格段に上がって危険。ツアー参加者も次々とこけまくっていた。



下山道はしんどかったけれど、景色はすごかった。



まるで飛行機からの景色。
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クリックで拡大。こんな景色テレビでしか見たことなかった。



見渡す限りの空。


ここからはかわらないジグザグ下山道を永遠と下り続けた。下って下って、下り続ける。正直この単調で辛い下りがあるせいでもう二度と富士山は登りたくないと思ってしまうほどにつまらなかった。しかも下がずっと見えているので、あとどれくらい下らなければならないかが見えてしまい、その長さに絶望するのであった。ちなみに岩に躓いてこけた回数は10回くらい。未遂は数え切れないくらい。砂埃が舞いまくっているので、口にはバンダナを巻きサングラスをした。ゴーグルがあるともっといいんじゃないかと思えた。当然のことながら背負っているバッグや服は砂まみれである。



休憩中。遠くに見えるは山小屋。クリックで拡大。


休憩中。下ってくる人の姿が見える。




ジグザグ道を下る。

下る。

つまづく。

こける。

走る。

こける。

休憩する。

下る。

足をひねる。

ジグザグ道を下る。

下る。

ジグザグ道を下る。

下る。













どれくらい下り続けただろうか。この時点でやっと6合目あたり。富士登山の写真はこれで最後。この時点でかなり体力が限界に来ており、もう休憩のたびに写真を撮る余裕など皆無だった。 ここから先がまだまだ地味に長く更に1時間くらいかけて下り続け、午前11時頃出発地点の5合目まで戻ってきた。

出発の時間まで控え室で休憩したり、土産を買ったりした。 全身砂まみれで、一刻も早く風呂に入りたい気分だった。

午後1時ごろ、5合目を出発して温泉『紅富士の湯』に到着するバス。

「気持ちよすぎる…!犯罪的だ…!」

温泉で髪や体を洗うとずっと風呂に入っていない浮浪者の気持ちを理解できた気がした。なによりも、それまで水が貴重で手もろくに洗えてなかったのでシャワーから水がとめどなく出てくるのが嬉しい。水のありがたみをひしひしと感じた。

温泉でリフレッシュしたあとは、各自それぞれ昼食。食堂でほうとう鍋を食べてみた。キノコ類がたくさん入っており凄く美味しかった。富士登山をしたあとはこれを食べるのが慣わしらしい。本当ならカメラで写真を残しておくところだったが、このときはすっかり忘れていた。食後はまいむさんと二人、大広間で大の字になりしばらくの間だらりとした。予定の時間までかなり余裕があったのでずっとだらりとした。

時間になりバスに戻り帰路につくと、ものすごい雷雨に見舞われた。もし1日ずれていたら…と考えると自分たちは運がよかったんだなーと思えた。

新宿に到着し、電車に乗り換え帰宅。

波乱の富士登山ツアーはようやく終わりを告げたのであった。



















<富士山に登って痛感したこと>
・ストックがない場合、金剛棒は是非買うべき。あると体重を預けたりすることができる。下山するときも第3の脚としてサポートできる。
・山で食べるものはいつも以上に美味しく感じる。
・ツアーはバスなどの予約を自分で取る必要がない上に、定期的に休憩しゆっくり登っていくので確実に山頂まで辿り着きたい人にはオススメ。が、自分のリズムで休憩が取れるわけではないので高山病にかかってつらいときでも立ち止まることができないので逆にしんどい。
・普段気にするようなことが、割とどうでもよくなる。汚れとかいろいろ。自分の場合更に高山病のせいでそんなことにかまってる余裕がなかった。
・御来光は本当に感動すら覚えるレベル。あの綺麗さは写真ではなかなか伝えられない。
・水が貴重ということを、実際登ると本当に痛感する。我慢した分のちの温泉は天国のそれ。
・吉田ルートでは登山より下山のほうがつらい。


ちなみに山で購入したものは無く、すべて持参または山小屋でもらったもので済ませました。
他の人に比べると割と少ない気がするけれど、むしろこのせいで高山病にかかったのかもしれません。

2ヶ月近く前にまいむさんに富士山に誘われて以来、いろいろと準備をしてきたわけですが、終わってみるとあっという間の富士登山でした。未だに自分があの山の頂上まで登ったという実感はあまりありません。下りのつまらなさがなければまた登ってもいいなと思えるんですけどね。あとは高山病にかからなければ最高なんですが! とりあえず晴れててよかった。あと自分よくがんばった。



■そういえば下山中、休憩タイムにトイレに行ったんですが、個室にウエストポーチを忘れて出てきてしまい、慌てて戻るも、間違って女子トイレに入り女の子に白い目で見られ速攻で男子トイレに入りなおし個室の扉を開こうとしたら既に次の人が入っていたので
すいませんバッグ忘れたので取らせていただけませんかー!」
と叫ぶも返事なし。
「すいませーん!」 と再び叫ぶと
「Sorry, I can't speak Japanese.」
とのお返事が。まさかの外国人に一瞬驚きつつ英語で
「I forgot my bag here!」
的なことを口走ると、ちょうど用を終えたのか扉が開いて
「OKOK!」
と出てきてバッグを渡してくれました。急いでいたのですぐには中身を確かめずにツアーの列に戻ったわけですが、幸い何も取られておりませんでした。気が付いてよかったっていうかテンパリすぎでした。








おしまい!